令和5年3月31日掲載
福島県国見町について
国見町は、福島県の中央北部に位置し、北は宮城県白石市、東南は伊達市、西は桑折町に隣接しています。県都福島市には16.5km、仙台市、山形市、郡山市にはそれぞれ60kmの距離にあります。奥羽山脈と阿武隈高地に挟まれた阿武隈川水系により形成された福島盆地(信達盆地)の北縁部に位置します。町の北西部には標高600m~700mの山塊が連なり、中通り地方の北端を形成しています。総面積は37.95㎢、標高は中央部で76m、山間部は100~150mです。
国見町の除染について
国見町では、平成23年12月に汚染状況重点調査地域に指定されたことを受け、平成24年10月に「国見町除染実施計画」を策定、同年12月には「東日本大震災復興復旧対策推進国見町民会議」を設立、国見町除染実施計画に基づき、町内全域を対象とした除染に着手しました。
地域の協力による仮置場の確保を始めとした除染は、平成27年10月に完了した住宅除染をはじめ、教育施設・公共施設・道路・森林等へ順調に進捗し、平成29年7月に完了しました。その後、中間貯蔵施設への除去土壌等の搬出が令和3年1月に完了し、令和5年3月には全ての仮置場の解体及び所有者への返地が完了となりました。
東日本大震災からの復旧・復興の要である除染を始めとした放射線対策事業の実施はもとより、並行して元気・活力・風評被害対策事業等も実施したことで、今日の安全・安心の生活環境を取り戻すことができました。
国見町の歴史
国見町は旧石器時代より、人々が生活し、多くの遺跡を残しています。町内高城地区には県内最大規模の複式炉をもつ竪穴式住居「岩淵遺跡」があり、さらに町内では多くの古墳群が確認されています。さらに1189年には、源頼朝が率いる鎌倉軍と藤原泰衡が率いる奥州藤原軍とが戦った「奥州合戦・阿津賀志山の戦い」が繰り広げられました。その時に藤原軍が築いた長さ3㎞を超える長大な防御施設「阿津賀志山防塁」は、国指定史跡です。
国見町は、政治の中枢が公家から武家へと変わるきっかけとなった歴史的転換点となった場所でもあります。その後、中世、近世において交通の要衝として宿場町が形成され、現在においても国道4号、東北自動車道、JR東北本線、東北新幹線の主要幹線が町を縦断しています。
昭和29年3月31日に旧藤田町、旧小坂村、旧森江野村、旧大木戸村、旧大枝村の1町4村が合併し、町名を決める際、この地域のシンボルである阿津賀志山の「国を見る山・国見山」という呼び名「国見」を町名に採用しました。
国見町の社会的、経済的条件
国見町の交通体系は、JR東北本線、東北自動車道、国道4号がほぼ並行して南北に縦断し、宮城県七ヶ宿町へ抜ける主要地方道白石国見線が東西に横断しています。福島市と白石市までは車で30分、東北自動車道で郡山市と仙台市へ約50分の距離にあります。また、東北自動車道には国見インターチェンジと国見サービスエリアが整備されています。これは国見町の位置が、郡山市と仙台市および福島市と白石市のほぼ中間に位置するためです。県道は、主要地方道白石国見線、主要地方道浪江国見線、一般県道五十沢国見線、一般県道赤井畑国見線、一般県道大枝貝田線があり、米沢市まで約50km、浪江町まで約80kmの距離があります。鉄道は、JR東北本線が南北に通り、藤田駅・貝田駅が存在します。藤田駅から福島駅には電車で約17分、仙台駅には約1時間5分となっており、通勤・通学の重要な駅となっています。貝田駅は無人駅ですが、周辺の住民が利用しています。
国見町の産業について
国見町の産業は古くから農業が基幹産業で、主な平地には水田が広がります。また、副業として養蚕業が盛んに行われていました。養蚕は、奈良・平安時代に始まったと伝えられています。江戸中期には「養蚕本場」の称号が与えられ、明治・大正期まで発展してきました。しかし、大正末期の生糸の乱高下や化学繊維の開発により、養蚕業を営む農家が減少し、昭和初期より新たな生業として、あんぽ柿の生産が始まり、さらに昭和40年代より果樹、特に桃の生産が盛んに行われるようになりました。現在は果樹と水稲を組み合わせた農業形態が主です。農業産出額では果樹が突出しています。モモ、サクランボ、アンズ、スモモ、ブドウ、リンゴ、あんぽ柿の生産が盛んで、中でも桃の出荷量は全国9位、町の部1位(平成22年)を誇ります。
水稲は、令和3年度現在338haで作付されており、半数以上がコシヒカリです。阿武隈川の氾濫原を耕地とする国見産の米は、豊かな味と品質の良さが自慢です。また、県内3位の面積を誇る約67.7haの採種ほ場では、コシヒカリ、天のつぶの優良種子生産が行われ、福島米のブランド確立に重要な役割を担っています。
畜産業は、採卵用養鶏、育雛に従事する農家が堅実な経営を行っています。一方、町の北西に連なる1,400haの山林は、ほとんどが私有林です。このうち635haが人工林で、推定材積は約40万㎡(令和3年度)です。
農業従事者については、全国平均及び福島県平均よりも年齢層が高く高齢化が著しく進んでおり、後継者不足が大きな課題となっています。